2/2 デート日記 Valentine fair編
デート日記をつけようと、おもいたった。Valentine fair編って、「編」とかつけたけど、一回しか書かないのかもしれない。
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江國香織の『ぼくの小鳥ちゃん』。
歩きながらも本を読みたいから、手をつなぐ。小説に集中していても、つないだ手が誘導してくれる。今日は、新宿の高島屋でやっている、バレンタインフェアに向かっている。
「意外なものが出てくるよ」
そう言って、あなたは、コートからトランプを取り出した。めんどくさがりやだから、鞄を持たないで、持ち物はコートにすべて仕込んである。財布。PASMO。メガネ。ペットボトルのお茶。小説。
トランプ。
どうして、あなたは、トランプを持ち歩いているんだろう。これからトランプを常に持ち歩こうと思うんだ、とドヤ顔。一体、いつ、使うんだろう。トランプ持ち歩くくらいなら充電器持ち歩きなさいよ、スマホの電池切れて、私と連絡取れなくて困ったこと何回もあるでしょ、って内心思った。だけど、トランプを持ち歩いているのが、なんとなく、可愛いから、突っ込まないであげといた。可愛いって、得してる。
「ホワイトデーのお返しのクッキーとかアクセサリーなんて、私、いらないから、バレンタインデーフェアで売ってる、可愛くて、美味しくて、とっても高い、チョコレートが欲しいのよ」
と主張して、あなたを新宿に連れてきた。バレンタインは、あげるんじゃなくて、かってもらうつもりだ。
二時間くらい回って、ほとんどすべてのお店の試食、たべちゃった。買う前に、満足しちゃった。今年は、なんと、BULGARIの試食もあった。いつもないのに。1/4粒。一粒1200円だから、「ああ、私は今、300円を口にする……」って思いながらあじわった。
パパにあげる、お酒入りのチョコ。画家兼ショコラティエが作ったチョコ。それだけ手に入れた。買ってもらえた。自分はいらない、って言うから、私はあなたには、買わなかった。
「まあね、ここにあなたを連れてきた、私のおかげで、高級チョコがちょっとずつ大量に食べられたものだから、もはや、買ってあげるよりも効率的にチョコレートを楽しめたわね」
って言ったら、一理あるね、って。あんな高いチョコ、自分で買わなくて済んで良かった。
夕ご飯は、クラシルで簡単そうなおかずを選ぶ。
白菜。チーズ。豚バラ肉。私が包んで。彼が焼いた。
デザートは、スタバ風チョコスコーン。私の大好物だ。
ホットケーキミックス。油。牛乳。板チョコ。前は、私が作ったから、今日は、あなたが作った。こねすぎて、膨らまなくて、固いクッキーみたいになった。八個作ったけど、私は一個しか食べなかった。あなたが、たくさんこねてくれたおかげで、太らなくてすんだわ。私の方が、作るのじょうず。
あなたは、一度服を脱いだら、めんどうだから、そのあとは服を着直さない。ずっと裸でも恥ずかしくないみたいだ。
「なんでくっついてくるの」「寒いんだもん」「服着れば」「服着たら暑いんだもん」
分かる。服を着るには、暖房がよくきいた部屋は、暑すぎるのだ。
「あたしびょうきになったみたい。ちょうどびょうきになってみたかったところだから、よかったの」
「びょうき?どんな?どこかいたむの?」
「べつにどこもいたまないわ。びょうきってものがどういうものなのか、あなたには全然わかってない。びょうきっていうのは一日じゅうねていなきゃならないものなのよ。どこへもでかけられないの。一日じゅうねて、朝と夜にお薬をもらって、じっとしてなきゃいけないの」
「わかった」
「それから、お薬っていうのはラム酒をかけたアイスクリームよ、言っとくけど」
今朝読んだ、『ぼくの小鳥ちゃん』に、こんな会話があったのを思いだして、「あたし、びょうきになったみたい」ってまねして言ってみた。そしたら、「びょうき?なんの?どうしたの?」って、完璧な返事。「だいじょうぶ。お薬が必要だけど」って言ったところで、困った。小鳥ちゃんみたいに、一日じゅう、ここで、寝ていたいけれど、明日は朝からバイトだから帰らなければいけない。それに、お薬は、ほんとは、私、チョコがかかったアイスクリームがよかったけど、今ここには、固いチョコスコーンしかない。「お薬って?」困ったなあ。しかたがない、キスにでもしておこう。恥ずかしいなあ。小説のまねをしようとして、けっきょく、「お薬がキス」だなんて。そんな陳腐な小説あったら、ぜったい、私、読まない。でも、現実なんてこんなもんなのかしら。陳腐な恋。いつ、飽きるんだろう。なんもないこの部屋から、出ていきたくないなんて。
いつになったら、この部屋、価値が消えさるんだろう。